同世代人の方々は皆さんそうだったと思いますが、ここ数日容体の推移を報道で聴きつつ気を揉んでいたドリフの仲本工事さんが、アノ世に旅立たれてしまいました。コレで遺されたメンバーはブーさんとカトちゃんの二人ダケになっちゃいましたね。ショックのあまり、朝から動画サイトにアップされてる懐かしの映像をアレコレと観ては爆笑させて貰いました。仲本さんと云えば、“全員集合”に於ける体操コーナーやジャンケン対決ネタ、“大爆笑”に於ける雷様コーナーやバカ兄弟。久しぶりに観ましたが、ドリフってホントに(特に全盛期の70年代モノは)スゴいです。笑いの質が古びて無いと申しますか・・・タライ芸とか一斗缶芸、机の天板がタイミング良く直角に立ち上がるヤツ、次にどうなるかオチが分かっているのに、やっぱり笑える。そして、泣けてきます。
そういったワケで、今朝は少々おセンチな気分だったんですが、往年のドリフから元気を貰いまして、快晴のメカトリエへと向かいました。


















↑ソレにつけても、人生って斯くも儚いモノなんですね。そして、何が起こるか分からないし、何が自らの将来にとって有益かも分からないモノです。たった一週間前には御年91才のブーさんとともに元気な姿を見せていた81才の仲本さん。「仮に足腰立たぬヨボヨボのお体であったなら、街の中を歩くコトも叶わず、却って事故に遭遇しなくても済んだのでは」とも思えたりして。自らの思い通りにならなかった事象でも、ひょっとしたら将来の良い結果に結びつくかも知れませんし・・・
雨風凌げる家が在り、大の字になって充分に寝るコトが出来、一日三食を過不足無く食べられて、アチコチ問題はあるもののとりあえずカラダは動く。想えば、アタリマエの日々こそが本当に有難いモノですね。
仲本さんに合掌。コレが済んだら“元気の素”を観なくちゃ、ドリフ。
それじゃー、また明日。
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仲本さんの件は残念でした。
今でも体操ポーズが思い出されます。
合掌。
仲本工事さんのご冥福をお祈り致します。
そして、なにも起きない、平凡な毎日こそが幸せなんだと、改めて思います。
仲本さん、亡くなられてしまいましたか…
無情ですね。
それにしても、現場が2つになれば工具や治具もそれぞれ必要になるというのは、当然なこととはいえ出費が大変ですね。
それと、樹脂モリモリ、飾るだけのプラモデルではないので強度と耐久性が求められる世界。これは難儀なことです。
お疲れ様です
仲本さんといえば、実は凄腕のギターリストで当時活躍していた竹田かずお氏(ギターリスト)が何かの記事で仲本さんがいなければ僕はギターリストになっていなかったというコメントがあったくらい。そんなそぶりは見せなかったけど。
彼は、昔渋谷で居酒屋やっててよく行ってましたよ、テレビのまんまでよく笑って接客もしてたのを思い出します。懐かしいなぁ^_^
僕の音楽のルーツは8時だよ全員集合なんですよね,!
本当に心からご冥福をお祈りします🙏
当たり前の日々がありがたい。
本当、そうですね。ここ最近富に実感しています。
ああ、これこそシルバートライデント仮面の寝台💕
いまさらながらにこちらに。
仲本さんが横断された場所、僕が35年ちょっと前に免許を取った自動車学校の路上教習コースのひとつでした。
そこで教官をやっていた父から、「ここは渋滞した車列の中から、歩行者が飛び出してくる危険な道だ。この危険パターンは忘れずに覚えておけ。」と指導されました。
当時から横断が絶えなかったわけで、当然何度も事故が起きています。
横断禁止の標識なんかじゃなく、フェンスのある中央分離帯をもっと早くに作っておけば良かったのに…と思います。
仲本さんのご冥福をお祈りします。
あ、教官だった父の車には乗りたく無かったので、いつも違う先生(父の友人たち)の教習枠を予約してましたが、何度か勝手に予約を入れ替えられました。
プライバシーの侵害で訴えてやれば良かったと、いまになって思います。(笑)