茨城県稲敷郡阿見町を探訪(その2)

 あう~、ビックリしましたね。昨日の東京練馬では昼頃から、さっきまでショボショボと降っていたハズの雨が、何時しか大粒の雪となり結構なボリュームで空から舞い降りてきたんで、視覚的にも寒さは倍増。実質的にも、高めに指すコトでは定評のある(泣笑)旧いマセラティの外気温計が「ビょ~」ってなアラート音を鳴らしながら2℃まで降下し、路面凍結への注意喚起の“雪結晶マーク”まで表示するという有様。

 麗らかだった3月1日(日)が懐かしいなァ・・・で、昨日の続き。

アウトレットモール内から、牛久大仏さまの尊容が望めます。
フードコートでは、軽めにうどんをツルツル。お稲荷さんもウレシイ。
買い物には興味が無いケド、観光案内所で見掛けた看板にブッ刺さり(笑)。
・・・15分で、ソッコー到着したのは美術館と見紛うモダーンな建造物前。
案内看板にあった予科練平和記念館までヤッてまいりました。
まだ比較的新しいスポットであるようです。
大きな駐車場には来場客がいっぱい・・・アレ?向こうに見えるは・・・
うわぁ・・・零戦じゃん。コレは、21型だナ。
今にも飛べそうな雰囲気ではありますが・・・
細部を良く見ると、なんかヘン。尾輪はホムセンで売ってるキャスターやん。
ああ、やっぱりレプリカだったのね。でも、力作ではあります。
プロペラぐらいは回ったりするのかなぁ・・・
コチラも凄惨な特攻兵器として名の知られた人間魚雷“回天”。
実物大だと云うけれど、こんなに細く小さいモノに乗るなんて・・・
燃料:灯油・酸素・・・ホントかよ。速力は結構ありますね。
第二次世界大戦が終結するまで土浦海軍航空隊であった、霞ヶ浦一帯。
全国の優秀な若者たちが、予科練を目指して阿見町に来ました。
残念ながら、エントランス以外、館内は一切の撮影が禁止です。
コチラ側が、駐車場や正面玄関とは反対側の裏門です。

 ↑・・・阿見町に来て良かったと思いました。初めてこの予科練平和記念館の存在を知り、色々と人生勉強になったからです。残念ながら撮影の出来なかった館内の展示は多岐に亘る立体的なもので、人間の業だとか戦争と平和について、そして現今本邦に於ける、特に平成時代以降の著しい凋落傾向の原因までを垣間見る事が出来たような気がいたしました。

 大正時代から昭和の初期に此処で学び、そして戦地に散って逝った若者たちは、貧しくとも勉学に励む気概と精神力、祖国・故郷や親きょうだいを想い他者を思い遣る優しくて豊かな心と教養、そして強靭な体力と気力までをも兼ね備える卓越した人物であった事を窺わせる展示品の数々を目の前にしました時、「要するに、日本の戦後は、(単に学芸に秀でているのみという意味ではなく)人品とも真に優秀な若者がほとんど涸渇している状況から始まったのだな・・・そして今もなお、その状況は綿々と受け継がれてしまっているのか」と、特に心ならずも戦後の偏向教育を受けてきてしまった我が世代の不甲斐なさを心から恥じ入る思いでした。この予科練から訓練の有様を知らせるべく父母に宛てた手紙、戦地から届いた遺言代わりの手紙などを具に読めば、その文体の格調高い事や達筆さに仰天するとともに、老後の不安ばかりを口にする我々世代がどれだけ甘いかを思い知らされます。ちなみに、コレを書いてるスマホ、「よかれん」で一発変換すら出来ません(候補にも無い)でしたのでメンドくさいコトこの上無し。学力(能力)は高かろうとも教養の無いツールには嫌気がさしますヨ。

 ともあれ、こういった歴史的資料は、可能な限り肉筆原本に触れるのがよろしいかと存じます。機会を設けて、皆さんもぜひどうぞ。

 それじゃー、また明日。

8 Replies to “茨城県稲敷郡阿見町を探訪(その2)”

  1. 皆様 先日のコメント 有難うございます 感謝!! 阿見町良いですよ 是非 散策して下さい

  2. 予科練平和記念館、初めて知りました。
    貴重な存在ですね。
    たこちゃんの想い、良く伝わってきました。

  3. >人品とも真に優秀な若者がほとんど涸渇している状況から始まったのだな

    ええ、全く同じことを考えていました。
    戦後教育は戦前の日本をブラックの一言で片づけてしまう不誠実極まりないものです。あの時、国のために命を落とした英傑たちのことを全く正当に評価してません。
    当時生き残った人、もちろん全員とは言いませんが、やはり英傑とは言い難い人が多数いたわけでして…
    こういった平和記念施設でこのようなことに気づいてくれる人がどれほどいることか…

  4. 艦載機なだけに、着艦用のフックが付いてますね。尾輪はキャスターであっても。
    力作です。
    回天は、海老蔵さん主演の「出口の無い海」で見ました。

  5. 僕も昨年末の阿見町訪問の際に立ち寄りました。

    トイレに行きたくなりフラフラと走っていたら、たまたま通りかかった公園の隣に見つけたんですが。

    あいにく小銭の持ち合わせがなく館内は見学しなかったので、近々再訪しようと思います。

  6. この日本
    若き命の
    上にある

    戦争関連の施設には必ず行くようにしています。知覧、広島、でもまだ行けていないところも沢山ありますが。

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