今さらながらの旧車入門講座(その1)

序章(のような駄文)

 近頃では・・・コレは全世界的な傾向でもある様ですが、1970年代と80年代、そして90年代前半までに製造された旧ぅ~いクルマたちが、イジョーなまでに脚光を浴びているようです。只今は、え~っと2020年ですから、1990年製のクルマですらも、ちょうど30年を経過したと云うところです。1963年製のワタシ(笑)は、その時点でスッカリ成人した27才だったワケですが、ちょうど下肢を患って歩行困難となっていた時期に突入していたので、云わば人生の暗黒時代だったとも云えましょう。その後社会復帰を果たしたものの、世はバブル景気の頂点に向かう時期でしたので、親爺のコネでどうにか製造業に身を置いたワタシにとっての好景気は、幾らか不自由な身体を引き摺りつつ、忙しいばかりの日々を送ったという印象ダケが残っております。

 その時期にも昨今と同様に、旧いクルマが大層な勢いで暴騰いたしました。またバリバリの新車であっても、限定車であったポルシェ959とかフェラーリF40などは、運よく新車で買えれば即座に倍の価格で売れたというアホみたいな状態が数年続きました。ソレらは当然のように投資や投機の対象ともなりましたので、実際こういったマシンを手に入れたのは、さしてクルマに情熱を持たないヒトビトであったケースも、残念ながら多々あり、ワタシは苦々しい思いで眺めておりました。

 そんな感じで、後の世に云われる“バブルの恩恵”ってヤツには、物心両面で身を浴するコトもなく過ごしていたワタシは、だからこそ「今だからこそ乗っておきたい、買える可能性のあるクルマ」を日々模索し、毎週日曜日になりますと中古車屋を物色しては、恩恵を受けている連中に「なんとかヒト泡吹かせてやれ」くらいの、ココで一矢報いたいとの屈折した気持ちを抱いておりました。まぁ、若気の至りってヤツです。

 拠って、ただ傍観者としてバブル景気を眺めていたワケでもございません。その渦中に在っても安価で充分に趣味性を満足させ得るクルマは無いものかと、血眼になって相場感を研究したワケです。インターネット世界が到来する遥か以前の時代、カーセンサー(まだGoo他の追随誌は無かったの)と、スクランブルカーマガジン(現在のカーマガジン)の巻末に在った個人売買コーナーが持てる情報源のすべてでした。

 また古今東西のクルマに関する知識は、学生時代から大手町に在る自動車工業会の図書館に日々入り浸って、カーグラフィック誌やモーターマガジン誌、モーターファン誌などの歴史あるクルマ雑誌や、国産車のカタログ合本をほとんど読了いたしました。どうしても自分の本棚に並べたい本は、そのまま帰り掛けに神田の古本屋街に行って即時調達。

 そうして結果的には、今のマイクロ・デポを創業し、魑魅魍魎の跋扈する旧車界にもドップリとハマり込んでしまっているという体です。

 ソレが今ではどうでしょう。わざわざ図書館や古本屋に出向かなくても、検索を掛ければ何事もネット上から情報を引っ張り出すコトが出来てしまいます。確かにインターネットは世界の距離を心情的にも縮めました。さらに情報端末の小型化が進み、スマホの画面から世界の事情を睥睨するコトが電車の中に於いてさえも、たやすく可能になっています。一方で、従来では享受することのなかった情報の洪水(ソレには、清流もあれば濁流もある)に翻弄されるという状況も生んでいます。

 ソコに降って湧いた現今の世界的な新型コロナ禍。先の緊急事態宣言解除後からは、圧倒的に50代後半から60代前半の年齢層に属する新規顧客様方からの問い合わせが増えてきているのも肌で感じます。実際に6月以降の国内オートオークション相場は、特に旧車やマニアックな車種に於いて暴騰と云ってもよい数字を日々更新し続けております。

 高年齢層が今、旧車に目を奪われつつあるのには、慣れ親しんできた内燃機関付きの自動車という存在が、じきに終焉を迎えるであろうという点と、自身の体力的、精神的な衰えが確実に旧車を受け付けなくなるであろうという焦りにも似た気持ち(ワタシにも在り)が抑えがたい衝動を生み出しているという点が理由として挙げられようかと思っています。その衝動のトリガーは、世界に蔓延する新型コロナ禍でしょう。

 色々な意味で地球上に大変革が起ころうとしている不安定な今、既に確定していて変わるコトのない盤石な過去に想いを寄せる行動は、自身に精神的な安寧をもたらす効果があるとも考えられませんでしょうか。

 特に旧車界に於いては、確実に「何かが変わってきている」と感じるので、久しぶりに文章ばかりのシリーズに挑んでおこうと云う気持ちになりました。「今(若しくは今さら)、旧車との暮らしを志向する」という行動には、どのような意味が見出せるのかと、極く拙く論じます。

 「あ~あ、ヤッちゃった・・・」今は大海に手漕ぎボートで船出する気分です。他のネタが無くて、気分のノッた時だけ(笑)、徐々に続きをアップするつもりです。実際、な~んも青写真が無いままに書き始めちゃったんで、おそらくは支離滅裂になろうかとも思いますが、今、この時点で旧車を志向されている方々には、なんとかワタシの持論にも耳を傾けて頂きたい、そんな願いを込めつつ書き進めようと思います。

 それじゃー、また明日。

6 Replies to “今さらながらの旧車入門講座(その1)”

  1. おおおおお、新たなシリーズ(と明日の夜)を楽しみにしております!

    そうそう、変化の時代だからこそ、変わらない価値や自身の抱く追憶と少しの後悔、それが昭和生まれを突き動かすのではないでしょうか。

  2. このシリーズ、とても興味深いです。
    たこちゃんの想いが詰まりに詰まると思います。
    楽しみにしています。

    しかし、90年代前半までに製造されたクルマも、旧ぅ~いクルマなのですね。
    つい最近のクルマと思えてしまうところが、久々のトシあるね(笑)。

  3. 私も体力の衰えを実感しています。
    老い先短い身でもあります。
    だからまだ気概のあるうちにいろいろ乗りたい❣️
    アストンもフェラーリも乗りたい❣️
    頑張って借金して、好きな事したい、車に乗りたい❣️

  4. 旧車乗り
    限られたとき
    楽しむべし

    ガソリン車、MTがこれから少なくなっていきますし、あのとき欲しかった車たちも段々減ってきて、残りの人生も短くなって来て、コロナでどうなるかわからんし、、、

  5. 私は諸先輩方が名車を手放すときに有り難くお下がりを買わせていただけるよう虎視眈々とチャンスを伺うつもりです。かなり先のはなしになるかと思いますが…

  6. 今回のテーマは懐かしくも新鮮です。
    このブログが始まる以前、マイクロさんのホームページで、たこたゃんが執筆する「旧車のよろこび」を読み、感銘を受けた事を良く覚えております。
    なつかすい。
    そのころはまだ、マイクロデポ未経験のまっとうな若者でした。
    岡本社長と出会った若者はRyoと名乗るようになりました。
    その後、シルバートライデント仮面に変身し現在に至る。
    いいのか、おれ。

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